やまぶき 和算と歴史随想




和算資料    和算書



1.石井家の和算書(石井弥四郎関係)(石井弥四郎は飯能市原市場の人)
   石井家に伝わる石井弥四郎の和算史料には以下の8種類(A~Hとする。時代順に非ず、順不同)のものがある。
   これらは、埼玉北西部の和算家・暦算家の一次史料がほとんど紛失している中にあって貴重な史料である。
   その他に「精要算法」などの刊本や手紙の断片、和算とは無関係の済口証文、読み物の手習い史料などがある。
   詳細は『飯能の和算家・石井弥四郎和儀』の五章(p22~44)を参照下さい。  全文公開(140頁余り)
   なお、これらの史料は平成23年10月、及び12月の二度の調査で明らかになりました。

 (1)石井家文書A
    これは「算学啓蒙」の中巻のうち、田畝形段門16問と倉囤積粟門(そうとうせきわくもん)9問を書き写したものと思われる。

 (2)石井家文書B
    この書物は後述する石井家文書Dの「改正算法」の内、東松山市の岩殿観音の問題を解いた下書きと思われる。
   「改正算法」にあるのとほぼ同じ内容の傍書法による数式が沢山書かれている。表題はないが奥書に「文政十一戌子三月
    解術」とあり、石井弥四郎23歳のときである。この下書きをもとに「改正算法」を書いたと思われる。


 (3)石井家文書C(バラ)
    点竄術(傍書法)を用いている。何かで示された問題を解くに当たっての下書きのように思われる。

 (4)石井家文書D
    石井弥四郎を知る上で貴重な史料である。この書物の表紙、内表紙、目録、裏表紙には次のようにある。

      表紙  奉納改正算法 全
      内表紙 関流八傳市川玉五郎行英門人
          武州高麗郡原市場邑
                 石井弥四郎和儀
          目録
          坂東十番観世音堂者一條
          並改正別術
          同十一番    目録終
      裏表紙 文政十一歳 子春解術

    坂東十番観世音堂とは東松山市の岩殿観音(正法寺)のことであり、同十一番とは比企郡吉見町の吉見観音(安楽寺)の
    ことである。石井弥四郎はこの両観音に掲げられていた算額の問題を書き写し、算額に載っている解き方ともう一つの別解
    あるいは改正(変形)した問題を作り、点竄術(傍書法)を用いて解いている。「改正算法」と名付けたのは別解もしくは
    改正した問題を作ったことによるものだろうか。文政十一年春とあり、弥四郎23歳のときのものである。

 (5)石井家文書E
    この書物も表題がないが、盈不足術(過不足術)、方程正負術(三元の一次連立方程式)、寄偶算、整数(直角三角形の各
    辺が整数)の四部門について計15問を挙げている。盈不足術は9問、方程正負術は5問あり(5問目は解答していない)、
    いずれも「算学啓蒙」に載っている問題と同じである。寄偶算と整数の問題の出典は不明である。
    この書物も石井弥四郎の勉強の証である。奥書には「西上 関流市川行英門人 武州原市場邑人 石井弥四郎和儀 印印」
    とあるが、年月の記述はない。印があるのはこの史料のみである。

 (6)石井家文書F
    この書物には題や奥書などはなく、いつ頃のものか直接的には不明だが、内容からして20~23歳頃のものだろうか。
    5問の幾何図形を解いていて、1問目は上毛新町(高崎市新町)の於菊稲荷神社の算額、2問目は上毛榛名神社の算額、
    3問目は「精要算法」(藤田貞資)中巻の34問目である。4、5問目の出処は不明。これも石井弥四郎の勉強時代のもの
    であろう。

 (7)石井家文書G
    表題や日付、署名などはない。比較的簡単な幾何図形の問題39問を掲げ解(術文)を与えているが、解き方に至る文(解術)
    は省略されているものが多い。解術のある問題も文章で長々と書いてあり傍書術などは使っておらず、初期に習ったことを
    伺わせる。直角三角形内に円を置くものや直角三角形を分割した問題が一番多く、他に角切や台形、菱形、三角形などの問題
    がある。出典などは不明。

 (8)石井家文書H
    この書物も表題等はなく日付もない。綴じ方も仮に綴じているようである。極数題、招差術、垜(だ)術、それに円理の問題を
    扱っている。いずれも時代的には既知の問題であるが、石井弥四郎が相当勉強した証の史料でもある。特に円理の問題は積分
    の概念を正しく理解していることが伺え、子の権現の算額の問題(『算法雑爼』にある文政13年の問題)に通じるものであっ
    て貴重である。

 (9)石井家文書Z
    手紙の断片、その他である。



2.千葉歳胤の書物 (千葉歳胤は飯能市虎秀出身の人)

 (1)『天文大成真遍三條図(圖)解』(宝暦8年(1758))東北大学・林集書 (平成19年(2007)4月撮影)  説明1 説明2  
    この書は、判明している書物の限りでは歳胤の最初の部類に属す著書で46歳のときのものである。
    東北大学・林集書のものは34頁物で、林文庫の『天文秘録集』の中にも同様なものがあり、こちらは29頁物である。
    この書は『近世日本天文学史(上)』(渡辺敏夫(昭和61年 恒星社厚生閣)のp89によれば、「中国清朝世祖順治十年
    (一六五三)に、黄玉耳(黄鼎)が著した『天文大成管(かん)窺(き)輯要(しゅうよう)』の中にある『論黄赤道差」、『論黄
    赤内外差』、『論白道与黄赤道差』の三箇条(黄道・赤道・白道差)について関孝和が図解して解釈した『授時発明』(東
    北大所蔵本には『天文大成三条図解』とあり)という書に対してさらに検討解説を加えたものである」とある。
    歳胤は、この書の中で天径を求めるためだろうか周率(円周率)について述べ、ある漸化式で小数点以下13桁まで求めて
    います。それは10桁まで正しく、11桁目も四捨五入した値となっています。